前橋靖のプロフィール
前橋靖プロフィール

■Wanna be a professional surfer

1968年7月 千葉県鴨川市に公務員の父と、パートタイマーの母のもと、2人兄妹の長男として生まれる。
1975年4月 鴨川市立江見小学校入学。勉強はいつもビリから2番目。
1981年4月 鴨川市立江見中学校入学。グレはじめる。
1983年6月 サーフィン初体験で頭に10針縫うケガを負い、燃えてハマる。
1984年4月 千葉県立安房農業高等学校入学。夢は獣医からプロサーファーに。
1987年4月 神奈川県横浜市の印刷会社に就職するも嫌気が差し、わずか2週間で退職。実家に戻るが居づらくなり、家出。車上生活をしながらサーフィン三昧。

■Lost a dream, days of homeless

1989年7月 プロサーファーになる夢を諦め、上京。車を売り、ホームレス生活スタート。
1991年 建設現場の日雇い作業員として働き始める。
1993年 3~4人でチームを作り、徐々に大きな仕事を請け負うようになる。

■As a social entrepreneur

1997年 建設工事請負会社(有)トラスティー設立。
1998年10月 ホームレスや出所者に職と住居を提供し、自立を支援する。 ㈱エム・クルーに組織変更。
1999年10月 ナスダックの設立説明会で孫正義氏に出会い、ビジネスモデルを説明するもあきれられる。
2003年11月 レストボックス1号店を渋谷にオープン。
2005年2月 池袋の路上で総額1000万円バラまきキャンペーンと題し、労働力調査アンケートを実施。
  モンゴルでマンホールチルドレンの救済支援活動を始める。
2005年4月 竹中平蔵元総務大臣より「君たちの活動はソーシャルベンチャーだ」という声をかけられ、初めて「社会企業家」という言葉を知る。
  この頃からテレビや雑誌、新聞などに取り上げられるようになる。取材依頼は年間100本を超える。
  『EOY JAPAN 2005』アントレプレナー・オブザイヤーJAPANに選ばれる。以降、雑誌の表紙やCNNやBBC、ABCといった海外メディアからの取材も来るようになり、取り組みが世界的に知られるようになる。
2006年6月 『講談社東京1週間』での連載をはじめ、起業までを綴った『ぼく、路上系社長 ホームレスからでも立ち直れるから大丈夫!』などさらに注目度を浴びる。
2007年9月 地方のネットカフェ難民事情や、企業の情勢を調査するため自転車で日本縦断を決意。14日間で達成。

■Bottom of a life

2007年10月 参議院臨時国会にて共産党小池議員より「ピンハネ暴利!竹中元総務相と親密」と指摘され、多くのマスコミより追及される。
2008年12月 半生を振り返るため四国八十八ヶ所お遍路決行。全行程徒歩で完結。
2009年4月 ㈱エム・クルー代表取締役を辞任。
2009年4月 登山中に全治3カ月の大怪我を負う。
2009年12月 日本自動車連盟国内B級ライセンス取得。
  国内A級ライセンス取得。
2010年9月 日本自動車連盟公認レース1000ccCUPに参戦し5戦完走。国際C級ライセンスに昇格。
2011年8月 国際ラリー「RALLY MONGOLIA」に参戦。半数近くがリタイヤする中3122.36kmをフル完走。
2012年7月 ミクロネシア連邦チューク州。小さな島の環境大使に任命される。
2012年9月 アメリカ大陸を自転車にて横断完走。
2013年3月 自身がモデルとなった小説「吾輩は坊さんである!」が出版、舞台化されEXILEが出演する。
2013年8月 国際自動車連盟公認「FIA ASIA CROSS COUNTRY RALLY 2013タイ~ラオス区間」に参戦し完走。
2013年12月 ウェイクボード練習中に鎖骨骨折全治3ヶ月の大怪我を負う
2014年4月 ヒロミプロデュース51.5パーソナルトレーニングを取り入れる
2014年10月 ウェイクボードでミクロネシアトラック諸島を一周、ギネス世界記録に認定される。
2015年9月 外務省副大臣中山泰秀を表敬訪問する。
2015年12月 ミクロネシア連邦政府から感謝の意をうけ表彰される。
2016年10月 ミクロネシア政府より観光親善大使に任命される。
2017年3月 オーストラリア縦断3700kmをビンテージカーとバイオガソリンで縦断。その取り組みはNHKニュースと新聞でも紹介される。

■Re-start

2006年から始まった、冒険活動も今は海を渡っての活動となりました。冒険家と言うと、「迷惑ばかりかけるお騒がせ者!」と思われがちですが、「国と国を繋ぐ」、「人と人を繋ぐ」、そして少しでも「国益に繋がる」ような、ジャンルにこだわらない冒険活動をおこなって行きたいと思います
社会起業家から始まり、たくさんの方々へ希望を与えていたと思っておりましたが、結果的にたくさんの方たちにご迷惑をおかけすることとなってしまいました。
また2009年12月28日朝日新聞「チャレンジの年に」にて、沢山の方々からのご意見、応援メッセージを頂き、誠にありがとうございました。現在、今回の経験をもとに再生起業支援事業に取組みはじめております。